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2011.04.05

被災地の一枚の写真。

予定では「文化庁メデイア芸術祭(その2)を記すはずだった。前回書き込みが2月17日だから、まもなく2ケ月放置されていたことになる。

3.11まで何度も書かねばと思っていたが、必然的にCP,webなどを抜きにして記述できず、それが大きく立ちはだかって「文化庁メデイア芸術祭(その2)」を書き込むのを逡巡させた。そして3.11である。

 

これはこれでまた途轍もない個人の思惟の枠をはみ出す事態で、あれも言わねばこれも言わねばと思いつつ、まとまったことを記そうと思うと大きな虚脱にみまわれる。そんなわけで、いきおいTwitterのような片々な短い心情の吐露になる。

と言うわけで、今回はこの1枚の写真を掲載して、拙ブログを訪ねていただいた皆さんと各々個別の思いをしていただけたらと思う。

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(※web上から転載しているが、4月5日朝日新聞朝刊紙上に類似の写真が掲載されている。そこでは僧は盛岡市の石雲禅寺の副住職・小原宗鑑さん(28)、中田徹撮影とある。が、本写真が小原副住職、中田徹氏のものかどうか同定できないでいる)

個人的には今回のような大惨事が起きた際の仏教はじめ宗教界全般の対応・態度は実にいい加減というかズルイものだというのが私の一貫した思いだ。まあまあ例外はキリスト教で、キリスト教はミサだけでなく炊き出しもすれば献金(義捐金)もする。

仏教界は基本的に読経してお仕舞いだ。浄土宗も浄土真宗も臨済宗も曹洞宗も日蓮宗も、他の新興宗教も似たようなものだろう。祈るというのには確かにそれなりの効用はあるだろうが、その効用の向かい先は祈る人自身へだ。

ご存知のように宗教界(宗教法人)は税から免れている。それが何故か詳しくは知らない。私個人の素人考えでいえば、それは彼らが昔からひとたび天変地異ーー自然災害、大火、戦乱、飢饉、疫病などーーが起き、社会が混乱した時は、神社仏閣は避難所になり病院になり、死体安置所になる非常事態のベースキャンプを果たしたからだと、ずーっと思っている。さらにそれに彼らの本業というべき大量の死体の弔い・供養が不可欠だった。

だが彼らは被災地の埋葬の写真にも死体安置所の写真にも写っていない。各種ボランテイアが全国から駆けつけているのに。なぜなら彼らはお布施の出ない事には尻を上げないのだ、ぬくぬくとして祈っていたと言うのだ。

孫さんが100億円を寄付しジャッキー・チェン氏が全財産を差し出すのに、彼らは自分たちの巨大な施設を一つとして提供しない。こうなったらもはや明らかな財政難に増税などしないで、政治は宗教界への課税に踏み込んで行くべきだ。

本来、宗教、とりわけ仏教は、写真のこの一人の若き僧のようにスタートしたのではないかと思う。禅寺とすれば曹洞宗か臨済宗、黄檗宗の僧なのかと思うが、法然も親鸞も日蓮もこの若き僧のように歩み出したのではないかと思わせる。

雪の被災地を素足に草鞋で弔いの行をゆく僧に、かすかに、わずかに生き続けている日本人の精神史の深い根っこを見たように思う。

(と、なんだか朝日の天声人語のようになった本ブログも自己嫌悪してるぞ)

 

竹永 茂生(Shigeo Takenaga)

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コメント

先ず、掲載の写真は確かに小原宗鑑さんでいらっしゃいますね。
たまたまNHKの早朝のニュースにて拝見したばかりでございます。

おっしゃる通り、日本の仏教界というのは戒名制度をはじめ、儲けることだけに全力を使い、
ぬくぬくと真綿の座布団の上にいるだけが仕事なのではないかとさえ思えます。


当方、娘が一人おりますが、実はメディア芸術祭でお仕事をさせていただき、
続いての別イベント勤務中に3・11の震災を体験しました。

そしてその後は、石巻にボランティアで出かけております。
心配ではございますけれど、微力なりともお役に立てることがあるように祈りつつ、私はツィッターを覗いております。
まさに今はボランティア・スピリットこそ必要なのではと思います。

小原住職が被災地の方々から感謝の涙をもって迎えられるご様子を映像にて拝見いたしましたが、今だからこそ必要なことを個々がみつけ、そして行動する時なのだと教えられました。

大変意義深い記事、有難う存じました。

投稿: 東雲 | 2011.04.06 06:20

コメントありがとうございます。お嬢さん、リッパですね。若い世代もちゃんとした人、どうもならないのいろいろですから。
今回思うところ沢山ありますが、東電、政府はむろんのことテレビ・新聞の酷さです。

投稿: takenaga | 2011.04.06 09:14

お寺は避難所として解放いますし、色々な宗派の方々がボランティアでお経上げてくださってますよ。

投稿: 通りすがり | 2011.04.07 00:21

通りすがり さん、

コメント感謝します。
もちろん被災地域ではそうでしょう。私が言っているのは日本全国の仏教人、宗教人のことです。彼らは巨大な組織で、選挙などではその組織票を切り札に政治・政党に影響力を持つほどです。それがこういう時にはせいぜい読経する程度です。京都、奈良どれだけの巨大な寺社施設がありますか?創価学会にしても。巨額の財産を有しながら寡聞にして記憶に残るような金額の義捐金も聞いていません。坊主丸儲けで、出すのは屁でもイヤというのが私の現今の宗教屋観です。

投稿: takenaga | 2011.04.07 00:59

報道されないだけです。
横浜の徳恩寺の住職、鹿野融完師が
15日の夕方に出発し、18日の朝まで現地に炊き出しにいっていました。
ほかにも炊出しにいってる寺は多いのです。

投稿: kazuまま | 2011.04.07 07:29

普段丸儲けで、無税ということを考えた場合、この有事にどうなんだ?って問題はあるけど、ちゃんとやってるよ。

ブログ記事にするなら調べなきゃ。

全日本仏教会
http://www.jbf.ne.jp/2011/03/post_186.html

創価学会は嫌いだし、それこそこの額はいかがなものかと思うけどボランティア・義援金情報はここ
http://www.sokanet.jp/topics/jakhcj0000004qvr.html

投稿: タナリエ | 2011.04.07 09:25

kazuままさん、タナリエさん、

ご指摘とボランティア、義捐金などの情報ありがとうございます。確かに個々に行われている慈善、見舞い、義捐の試みは他の情報に埋没して、私のような者に届かないのでしょう。
ただ私の個人的印象では宗教界の組織としての大きさ、人の心に関わる大きさから鑑みれば、今回のような事態に際して、その存在感があまりに希薄な、の思いです。
加えて仏教というものがあまり社会改変に向かうものではなく社会受容用の心の置き方(とてもかくてものうのう)に重きがあるからか、とも思ったりしています。

投稿: takenaga | 2011.04.07 09:55

記事というより、コメントを書かれた方に若干感想を持ちました。

個人的なブログ記事にいちいち子供っぽいコメントを書かれることも然り。
ぞんざいな言葉づかいも然り。
仏教界について薀蓄含蓄を語られたいなら、それ以前にブログ主の方へ敬意をはらうこともあって然るべきと思いますが如何?
拡散したいご意見や持論がおありなら、ご自身のブログアドレス等をリンクをつけるついでに貼られたら宜しいかと思います。

投稿: 東雲 | 2011.04.08 03:30

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